ベル麻痺(まひ)
ベル麻痺(まひ)とは
ベル麻痺は突然、お顔の片側が麻痺する病気です。
ベル麻痺は顔面神経麻痺の中で最も多い末梢性顔面神経麻痺の約60~75%を占めます。
発症頻度は人口10万人に対し15~40人といわれていて男女差はありません。
年齢分布は60歳以上に多く、15歳以下に少ないものの、全年齢層で起こり得る病気です。
70%の方は何も治療せず自然に治癒し、50%程度は3〜4週間で回復、20〜30%は3〜4ヶ月かかって回復します。
しかし10〜20%の方は回復がさらに遅れ、後遺症が残ってしまいます。
治療は早く始められればより効果が得られやすいことが知られていますので、お顔の麻痺や異変を感じた場合には早めにご受診ください。
症状
ベル麻痺は一般的に数時間から数日で生じ、片側のおでこにしわが寄せにくくなり、眉毛が下がり、瞬きが弱くなり、目を閉じることが難しくなります。
鼻の横にあるしわが消え、口角が下がったり、食事や飲み物がこぼれてしまったりします。
まぶたが閉じにくくなると顔を洗う時に沁みたり、外を歩いているときに涙がこぼれ落ちたりすることで気がつくこともあります。
この状態が長く続くと角膜が乾燥してしまい、目が充血してしまうことがあります。
お口周辺の麻痺が強くなると口角から空気や唾液、食事や水分が漏れてしまい、話したり食事をすることも難しくなってしまう場合があります。
口を「イー」と横に広げる動作で左右非対称になることを確認したり、口笛を吹いたり、頬を膨らませて空気を溜めることができなくなったり、口を開けた際には口が斜めになったりします。
ベル麻痺では麻痺が出ている側の音が大きく聞こえることがあります。
これは鼓膜の緊張を司るアブミ骨筋も顔面神経の一部であり、これが障害されるためです。
その他、麻痺側の涙腺や唾液腺の分泌が低下したり、舌の前2/3の味覚障害も見られることがあります。
また、顔面麻痺が起こる前に耳の後ろの痛みを感じたり、耳の内側の感覚が鈍くなることもあります。
似たような症状の病気
片側のお顔の麻痺が起こる病気にはベル麻痺の他に「中枢性」、つまり脳に異常が起こった結果、麻痺することがあります。
具体的には脳梗塞や脳出血、脳腫瘍などが挙げられます。
また、頭や顔をぶつけた後(外傷性)、白血病やHIV、髄膜炎、ライム病、ハンセン病、ギランバレー症候群、サルコイドーシスといった全身の病気の際にもお顔の麻痺が起こることが知られています。
ですから、お顔の麻痺で受診した際には、症状をよく聞きMRIやCT検査、場合によっては血液検査などを行い、これらの病気ではないということを確認することが大切です。
病因
現在ベル麻痺の多く(約80%)は単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の再活性化が原因だと考えられています。
子供の頃にHSV-1に感染し、膝神経節と呼ばれる顔面神経の中継点に潜伏感染していると言われています。
疲労やストレス、体調不良などによりお身体の抵抗力が低下したときに、このHSV-1が再活性化され顔面神経に炎症(神経炎)が起こります。
膝神経節が存在する場所は頭蓋骨の中にあり(骨性顔面神経管)、直径1mmととても狭いため、炎症が軽かったとしても神経が浮腫むため、神経自体が骨のトンネルの中で圧迫され(絞扼障害)、さらに血流も悪くなり(虚血・血流障害)、神経への障害が発生すると考えられています。
ベル麻痺のもう一つの原因は帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster Virus :VZV)の関与です(約10%)。
こちらも子供の頃に水ぼうそうにかかった後にウイルスが膝神経節に潜んでいて、免疫力が低下した際に同ウイルスが再活性化して、末梢性の顔面神経麻痺をきたします。
耳に帯状疱疹が認められる場合にはRamsay Hunt(ラムゼー・ハント)症候群という別名で診断されます。
その他にもサイトメガロウイルス、EBウイルス、アデノウイルス、風疹、おたふく風邪、インフルエンザBやコクサッキーウイルス、リケッチア感染などの関連がこれまで報告されています。
また、感染症以外の原因としては遺伝的な素因や顔面神経への虚血(血流の悪化)もあり、特に糖尿病は血流障害によるベル麻痺を起こす危険因子であることが知られています。さらに妊娠中も体液貯留や凝固亢進、相対的免疫抑制状態がベル麻痺を起こす可能性を上げることが報告されています。
診断
ベル麻痺の診断は問診・診察・MRI/CT検査を通して行います。
問診では以下の内容を中心に皆様から情報を聴取します。
- いつから症状が始まったか
- どのように症状が始まったか(突然かどうか)
- どのような症状があるか
- お顔の麻痺以外に聴力や感覚の異常、耳の痛みがないか
- 帯状疱疹や口唇ヘルペスの既往があるか
- 2週間以内に頭をぶつけていないか
- 妊娠の有無
次に診察にてお顔の麻痺の程度を評価します。麻痺が見られる部位や程度を診察し、House-Brackmann法(6段階評価)や柳原法(40点満点)などといった評価方法で重症度を分類します。
その後、MRIあるいはCTにて脳梗塞や出血・脳腫瘍などといった器質的疾患がないかを検査します。
ベル麻痺の原因とされる顔面神経の浮腫はMRIやCTといった画像検査では見ることができませんので、これらの画像検査で異常がなければベル麻痺の可能性が高いと診断することができます。
さらに他の病気との関連が疑われる場合には血液検査を行うことがあります。
総合病院や大学病院ではこれらの検査に加え、神経興奮性検査や電気刺激による誘発筋電図、Electroneurography(ENoG)、磁気刺激による誘発筋電図 blink reflexや針筋電図検査などを行い予後予測を行う場合があります(当院では行なっておりません)。
当院では問診・診察ののち、必要なMRI/CT、血液検査などを行います。MRI/CT検査は当日検査、当日結果説明まで行いますので、その上で治療方針を早期に決定していくことが可能です。
治療
ベル麻痺は軽症の場合、70%が何も治療しなくても治癒する病気です。さらにステロイドや抗ウイルス薬を使用することで90%以上が治癒します。しかしながら重症例では依然として不全麻痺の残存や後遺症が残ってしまうことがあります。
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副腎皮質ステロイド
プレドニゾロン(プレドニン®︎)と呼ばれる副腎皮質ステロイドは神経の浮腫をとり、血流を改善するために効果を示すと考えられています。これまでの研究でステロイドを使った場合、治癒率が72%から83%へ向上することが報告されています。
通常、プレドニゾロンを60mg /日または1mg /kg/日を5日間内服し、その後5日間かけて徐々に減らしていく、あるいは50mg /日を10日間内服するなどといった方法がよく用いられます。一方で重症例では高用量でプレドニゾロンを用いる方法(120mg/日、2mg/kg/日)もありますが、効果ありとする研究報告はこれまで乏しく(エビデンスレベルIII、推奨度B)、消化管症状、不眠、便秘などの副作用が増えることから慎重に検討する必要があります。また、高用量プレドニゾロンは発症後4日以降に開始しても有効性が乏しいとされているため、発症3日以内の重症例に限って使用を検討するべきです。
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抗ウイルス薬
ベル麻痺は単純ヘルペスウイルス1型が関与していることが多いことから抗ウイルス薬が使用されることがあります。重症の場合には特に治癒率を上げるため、バラシクロビル3000mg/日、7日間、あるいはアシクロビル4000mg/日、7日間がステロイドと併用されることが勧められています。重症でない場合にはステロイドのみで治癒率が95〜97%と高いことから、必ずしも抗ウイルス薬の併用は必要でないとされています。いずれにしても抗ウイルス薬はウイルスの増殖を抑えることで効果を発揮するため、発症から3日以内に投与開始することが望ましいとされています。
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ビタミンB12
ビタミンB12は神経保護、神経の回復を補助するビタミンとして知られています。これまで顔面神経麻痺に対するビタミンB12の点滴注射や筋肉内注射の効果を検討した研究はあり、一定の効果を示すことが知られています。通常外来ではビタミンB12(メチコバール®︎)を内服(口から摂取)にて処方します。
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眼の保護
眼が完全に閉じない場合には点眼薬や眼軟膏、眼帯などで眼を保護することで角膜炎になることを予防します。
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その他の治療
鍼灸や顔面神経減荷(圧)術などが非薬物療法として行われることがありますが、現時点では十分なエビデンスがあるとは言えない状況です。これらは標準治療というよりは治療選択肢の一つとして位置付けられています。
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リハビリテーション
リハビリテーションはベル麻痺の程度や時期によって異なります。発症からしばらくは無理に麻痺している側のお顔を動かそうとすると顔面神経の誤作動(病的連合運動)を起こしてしまうことが報告されているため推奨されていません。発症してからまもなくは麻痺しているところを温めてマッサージ(ストレッチ)することが勧められています。局所を蒸しタオルなどで温めることで血流が改善し、お顔の強張りが取れますのでマッサージする前にに行うのが効果的です。しかし帯状疱疹などが起こっている場合は温めることで炎症を悪化させてしまう場合があるので注意が必要です。
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その他の非薬物治療法 リハビリテーション以外には電気刺激療法やバイオフィードバック法があります。電気刺激療法は低周波を用いて麻痺している筋肉の筋収縮を起こし回復を促す方法ですが、その効果に否定的な報告や禁忌とする報告もあり意見の分かれるところです。バイオフィードバック法は鏡を用いてお顔の動きを確認しながら行うもので、回復が遅れているときに用いられます。動きが悪いところを自らの手で介助しながら動かしたり、口唇を動かさないように目を閉じる練習や、逆に食べる動作などの時に瞼が閉じないように練習したりします。
後遺症が残った場合
ベル麻痺が原因でお顔が動かなくなり、1年たっても麻痺が残ってしまうことが10~20%程度の確率であります。その場合には形成外科にて手術をすることで麻痺したお顔の動きを少しでも改善する方法があります。完全に治してしまうものではないのですが、お顔の左右非対称な部分を多少なりとも改善してくれますので、重度の場合には検討されます。
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