アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症、またはアルツハイマー病は、1906年にアロイス・アルツハイマー博士によって初めて報告された病気です。
以前は、65歳未満で発症する場合を「アルツハイマー病」、65歳以上で発症する場合を「アルツハイマー型老年認知症」と区別していましたが、現在では同じ病気と考えられています。
アルツハイマー型認知症は、認知症全体の約半分(44%)を占めると言われています。ただし、血管性認知症など、他の種類の認知症と合併することもよくあります。
この病気は、記憶をつかさどる「海馬(かいば)」を中心に、特殊なタンパク質がたまることで、神経細胞が変化し、脳が広い範囲で萎縮(小さくなること)してしまう病気です。
そのため、アルツハイマー型認知症では、主に「記憶障害」が症状として現れます。
アルツハイマー型認知症の原因
アルツハイマー型認知症では、認知症の症状が出る約20年も前から、「アミロイドβ(ベータ)」と呼ばれるタンパク質が脳にたまり始めることが、発症のきっかけと考えられています。
私たちの脳の表面(大脳皮質)は、140億個もの神経細胞(ニューロン)でできています。
神経細胞同士は、「神経伝達物質」という物質を使って情報をやり取りし、巨大な情報ネットワークを作っています。
アミロイドβは、神経細胞が活動するときに作られ、神経細胞同士のコミュニケーションを調整する働きがあります。通常は、作られる量と取り除かれる量のバランスが保たれていますが、老化などによってこのバランスが崩れると、アミロイドβが過剰になってしまいます。
過剰になったアミロイドβは、お互いに結合して「アミロイドβオリゴマー」という塊になります。この塊が細胞に悪影響を与え、神経細胞を死滅させてしまうのです。
神経細胞は、アミロイドβオリゴマーの毒性を和らげるために、さらにたくさんのアミロイドβ分子を結合させ、「アミロイド繊維」という繊維状の物質を作ります。
このアミロイド繊維が神経細胞の外にたまったものを「老人斑(ろうじんはん)」と呼びます。
老人斑は健康な高齢者にも見られますが、アルツハイマー型認知症の患者さんでは、非常に多くなっていることがわかっています。
神経細胞が死んでしまうと、脳は徐々に萎縮していきます。
認知症では、アミロイドβの他にもう一つ、「タウパチー」と呼ばれる変化が起こることが知られています。
タウパチーとは、細胞の形を保つために存在する「タウタンパク」というタンパク質が変化(リン酸化)し、神経細胞の中に繊維状にたまってしまう状態です(神経原線維変化)。
神経原線維変化が起こると、神経細胞は正常に働かなくなり、やがて死んでしまいます。
このタウタンパクの異常な蓄積は、アルツハイマー型認知症だけでなく、前頭側頭葉変性症や大脳皮質基底核変性症など、他の病気でも見られる変化です。
アルツハイマー型認知症では、アミロイドβが増えて老人斑ができ、そこにリン酸化されたタウタンパクが加わることで、神経原線維変化が起こり、神経細胞がさらに傷つき、死滅していくと考えられています(アミロイドカスケード仮説)。
また、アルツハイマー型認知症では、「アセチルコリン」という神経伝達物質が減少することがわかっています。
アセチルコリンは、海馬や大脳皮質に広く分布している神経細胞で使われるため、アセチルコリンが減少すると、認知機能が低下し、記憶力が低下すると考えられています。
遺伝と生活習慣、どちらが影響する?
親から受け継いだ遺伝子が原因でアルツハイマー型認知症になる(家族性アルツハイマー病)のは、全体のわずか1%と考えられています。
これまでに、APP、PSEN1、PSEN2という3つの遺伝子が原因遺伝子として特定されており、これらの遺伝子を持つ人は、若い時(20〜60歳代)にアルツハイマー型認知症を発症しやすいのが特徴です。
残りの99%は「孤発性(こはつせい)」と呼ばれ、親から受け継いだ遺伝子の影響はあるものの、生活習慣が発症に大きく関係しています。
孤発性アルツハイマー型認知症に関係する遺伝子として、「アポリポタンパクE(ApoE)遺伝子」が知られています。
ApoE遺伝子には、ε2、ε3、ε4の3つのタイプがあり、ε4を一つでも持っていると発症リスクが3.2倍、両方ともε4遺伝子だと11.6倍になると言われています。
しかし、重要なのは、日本人の約15%はε4を一つ以上持っているにもかかわらず、アルツハイマー型認知症を発症しない人もいる、ということです。
つまり、遺伝子だけで発症が決まるわけではなく、生活習慣が大きく影響しているのです。
例えば、中年期に糖尿病があると、認知症になる確率が2倍になると報告されています。
これは、血糖値を下げる働きを持つ「インスリン」が、アミロイドβを分解する働きも持っているため、糖尿病でインスリンの働きが低下すると、アミロイドβがたまりやすくなり、老人斑の形成や神経原線維変化が進むと考えられています。
逆に、運動習慣や、他人との交流を続けることは、認知症のリスクを下げることがわかってきています。
アルツハイマー型認知症は、生活習慣と密接に関わっている病気なのです。
アルツハイマー型認知症の症状と経過
アルツハイマー型認知症の初期に見られる「もの忘れ(記憶障害)」は、脳内に老人斑が現れ始めてから約20年後に現れると言われています。
発症前の「軽度認知障害(MCI)」の段階では、もの忘れに加えて、不安やうつ状態などが見られることが多く、本人にはもの忘れの自覚がない(病識がない)のが特徴です。
この頃には、物の置き忘れや、よく知っている物の名前が出てこない、あるいは頭の中にあることをうまく言葉にできない(換語困難)といった症状が見られます。
その後、慣れた仕事でもミスが増えたり、新しい場所への旅行が難しくなったりすることがあります。
認知症と軽度認知障害の違いは、「助けが必要かどうか」です。
認知症は、認知機能の低下によって日常生活に助けが必要な状態ですが、軽度認知障害は、認知機能は低下しているものの、助けは必要ない状態です。
もの忘れの症状が出てから3〜5年程度で、初期(I期)のアルツハイマー型認知症に移行することが多いです。
この頃には、最近の新しいことが覚えられなくなり(近時記憶障害)、日常的な動作の手順がわからなくなる(実行機能障害)、日時や曜日がわからなくなる(時間の見当識障害)、そして判断力が低下するといった症状が見られます。
これらの記憶に関する症状に加えて、やる気の低下や自発性の低下(アパシー)、取り繕い反応、もの盗られ妄想なども見られることがあります。
「取り繕い反応」とは、覚えていないことを隠すために、つじつま合わせの話をしてしまうことです。
例えば、日にちが答えられなかったときに、「今日はたまたま新聞が届かなかったから、確認するのを忘れた」などと言い訳をすることがあります。
この頃には、家計の管理や買い物にも支障が出てくることがあります。
発症から7〜9年経過し、中期(II期)になると、最近の記憶だけでなく、過去の記憶も忘れ始めます(遠隔記憶障害)。
また、今いる場所や相手が誰なのかがわからなくなる(場所・人の見当識障害)、物を正しく認識できなくなる、簡単な動作や言葉がうまく使えなくなるといった症状(失認・失行・失語)が出てきます。
さらに、徘徊(あてもなく歩き回ること)や迷子、興奮や多動(じっとしていられない)などの症状が加わることもあります。
鏡に映った自分を自分だと認識できずに話しかけてしまう「鏡徴候(かがみちょうこう)」も、特徴的な症状の一つです。
この頃には、介助なしでは適切な洋服を選んで着ることができず、入浴を嫌がる場面が増え、身だしなみや清潔さが保てなくなることがあります。
発症から10〜12年程度経過し、末期(III期)になると、記憶力は全体的に低下し、理解できる言葉も減り、歩いたり座ったりすることも難しくなっていきます。
入浴には介助が必要となり、トイレの水を流せなくなり、尿や便の失禁が見られるようになります。
さらに進行すると、寝たきりとなり、言葉を発することもなくなります。
食事や排泄物の認識がなくなり、食べ物で遊んでしまったり、便をいじってしまったりする(便いじり)などの行動が見られることもあります。
アルツハイマー型認知症は、発症してから寝たきりになるまで、平均8年と言われています。
もちろん個人差があり、進行が早い人もいれば、もっとゆっくりと経過する人もいます。
アルツハイマー型認知症の診断
アルツハイマー型認知症の診断は、問診、血液検査、頭部MRI/CT検査、認知機能検査(MMSE、長谷川式など)などによって進めていきます。この中で最も重要なのは問診です。
問診では、何に一番困っているか(主訴)、家族歴や生活歴、今までにかかった病気(既往歴)などの背景、異常に気がついた時期やきっかけ、日ごとの変動などの経過、そして、どのような認知機能の低下や神経学的な異常があるのかを、ご本人やご家族から詳しくお聞きします。
実は、問診の段階でどのタイプの認知症か、ある程度予想がつくことが多いです。
血液検査では、甲状腺機能の異常やビタミン不足、生活習慣病や貧血などがないかを調べます。
アルツハイマー型認知症は、糖尿病があると発症リスクが高まるため、糖尿病をはじめとする生活習慣病の有無を確認し、もしあれば適切に治療することが、認知症への進行や悪化を防ぐためにとても大切です。
頭部MRIやCTでは、脳梗塞・脳出血・脳腫瘍や慢性硬膜下血腫など、他の病気がないかを確認します。
同時に、脳の萎縮の有無も確認します。アルツハイマー型認知症では、海馬や頭頂葉の萎縮が見られることが多く、診断の参考になります。
MMSEや改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)などの認知機能検査では、客観的に認知機能の低下があるかどうか、低下があるとすればどの部分が低下しているのかを評価します。
アルツハイマー型認知症では、「遅延再生(少し前に覚えたことを後で思い出す)」という項目の点数が低い、「保続(同じことを繰り返してしまう)」という症状があるか、などを見ることで、アルツハイマー型認知症らしさを評価します。
現在使用できるようになった「レカネマブ(レケンビ®)」や「ドナネマブ(ケサンラ®)」などの疾患修飾薬(病気の進行を遅らせる薬)を使うためには、アルツハイマー型認知症であるという確定診断が必要です。
そのためには、SPECT(スペクト)と呼ばれる脳血流検査や、アミロイドβの沈着を見るアミロイドPET検査を受ける必要があります。これらの検査は、クリニックでは実施が難しいため、総合病院や大学病院へ紹介し、検査を受けていただくことになります。
アルツハイマー型認知症の薬物治療
1999年まで、認知症には治療法がありませんでした。
徘徊や妄想などの周辺症状(BPSD)を精神科の薬で抑える以外にできることはなく、介護やケアの方法が重視されていました。
そのような状況の中、1999年に登場したのが、日本で開発された世界初の認知症治療薬「ドネペジル(アリセプト®)」です。
ドネペジルは、記憶障害の進行を遅らせる効果があります。その後12年間、日本で使用できる認知症治療薬は、この1剤のみでした。
2011年には、新たに「リバスチグミン(リバスタッチ®、イクセロン®)」、「ガランタミン(レミニール®)」、「メマンチン(メマリー®)」が使用できるようになりました。
ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンは、「コリンエステラーゼ阻害薬」という種類に分類され、アルツハイマー型認知症で低下する神経伝達物質「アセチルコリン」の濃度を保つように働くことで、認知機能の低下を遅らせます。
メマンチンは、グルタミン酸の過剰な働きを抑えることで神経細胞を保護する作用があり、中等度以上の認知症に対して用いることができます。
これらの薬は、いずれも「中核症状」と呼ばれる、記憶障害、見当識障害、失認・失行・失語、実行機能障害、判断力障害、性格の変化などに対して効果があります。
アルツハイマー型認知症に限らず、認知症では、中核症状の他に、「周辺症状(BPSD)」と呼ばれる、徘徊、暴言・暴力、無為・無反応、不潔行為、食行動異常・性行動異常、うつ、アパシー(意欲低下)、不安・焦燥、妄想、誤認などが、進行とともに見られることがあります。
これらの周辺症状に対しては、向精神薬、抗てんかん薬、漢方薬(抑肝散・抑肝散加陳皮半夏)、抗不安薬、抗うつ薬などを用いて、日常生活の負担を減らすようにしていきます。
どんな薬にも副作用の可能性があります。
ドネペジルを中心とするコリンエステラーゼ阻害薬では、食欲不振や吐き気、嘔吐、下痢、腹痛といった消化器系の副作用が多く、興奮状態などが問題になることがあります。
向精神薬では、眠気やふらつきが問題となることが多く、薬を飲み始めて落ち着いたけれど転んでしまった、などということがないように、十分に注意が必要です。
また、2023年末、そして2024年9月より、それぞれ「レカネマブ(レケンビ®)」、「ドナネマブ(ケサンラ®)」という疾患修飾薬が承認され、認知症治療は新たなステージに入りました。
レカネマブやドナネマブは、脳内に沈着したアミロイドβを取り除く作用があり、アルツハイマー型認知症の進行をさらに遅らせる可能性があります。
今後、いくつかの新しい薬が承認される予定であり、認知症治療の新たな可能性を感じさせてくれています。これらについては、別の機会に詳しく解説します。
アルツハイマー型認知症の非薬物治療(準備中)
文責:井上剛(日本認知症学会 東京都認知症サポート医)
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